私は思う、AI(チャッピー等)との対話はセルフプレジャー(自慰行為)。不確かな未来に立ち向かうには、占い師という他者との『セックス(本番)』が必要だ。
ここで言うセックスとは、単なる肉体関係のことではありません。自分ではない『他者』という体温を持った存在とぶつかり合い、摩擦を起こし、一人では辿り着けない納得の境地へ至る『真剣勝負の交わり』を指します。
昨今、ChatGPTをはじめとするAI(チャッピー)に人生相談をする人が増えています。私の鑑定現場でも「実はチャッピーに相談したら、先生と同じことを言われました」と打ち明けるお客様が珍しくありません。
士業やライター、小売業など、多くの仕事がAIに代替されると言われる中で、私たち占い師はどう生き残るのか。
そして、なぜお客様はAIに答えを聞いた後、わざわざ私の元へ足を運ぶのか。
その理由を極論で言えば、AIは「情報の処理」であり、占い師は「命の交わり」だからです。
~「納得」と「むなしさ」の境界線~
対人関係の悩みをAIに投げれば、それらしい「正論」や「合理的分析」が返ってきます。情報の整理としては非常に優秀で、一瞬の納得感はある。
でも、その後に残るのは、どこか空虚な「むなしさ」が残ります。
単なる調べ物や情報処理の場合はそんか感情にならないけれど、深い悩みをAIにぶつける人も少なくありません。
例えば好きな人がどう思っているのか、生身に人間の感情が、AIの情報処理通りの感情なのかは調べようがない。
正論かもしれない、けれども正解かはわからない。正論への納得と、正解かどうかわからない自己完結の世界の中で、精神的に虚無を感じることだと思います。
「本当に彼はそう思っているのか?」
「この無機質な計算結果を、私は信じていいのか?」
その疑念を抱えたまま、お客様は私の元へやってきます。
それは例えるなら、AIとの対話が「自己完結(マスターベーション)」であるのに対し、占い師との鑑定が「生身の接触(セックス)」であることに似ています。
自分一人で処理する快楽や納得には、限界があります。他者という「得体の知れない熱量」を持った存在とぶつかり、自分の予想を超えた言葉を投げかけられ、体温を感じて初めて、人は「本当にこれでいいんだ」という深い充足と、現実を変える勇気を得るのです。
~「1万通りの理論」より「3万人の結末(フィードバック)」~
AIは1万通りの「理論上の可能性」を知っています。 しかし、私は3万人の人生の分岐点に立ち会い、その後の「現実の結末(フィードバック)」をこの目で見てきました。
例えば、断易(五行易)などの占術は、単なる知識の当てはめではありません。現場の肌感覚や、読み手のレベルによって、引き出される答えの深さが変わる「妙味」があります。
AIが出した「だいたい合っているけれど、どこか不正確な情報」をプロの目で選別し、現実の重みに耐えうる言葉に磨き上げる。それが私の役割です。
AIは「正解」を出しますが、私は「納得」を創りたい。
AIは「意味」を教えますが、私は「痛み」を共有したい。
昭和的な生身の泥臭さと、AI時代の知性。その両方を持ち合わせながら、私はこれからも「3万一通目」のあなたの人生を、一番近くで見届けたいと思っています。
理屈を超えた、あなただけの「本番の答え」を、一緒に見つけにいきませんか。
AIは「正論」を語りますが、私は「現実」を語ります。
AIは「意味」を教えますが、私は「痛み」を共有します。
AIは「答え」を出しますが、私は「納得」を共に創ります。
~AIを「下読み」に、占い師を「本番」に~
不正確な情報が混じるAIの回答を、プロの知識で選別し、振り分ける。 AIが出した「あやふやな確信」を、生身の対話で「揺るぎない覚悟」へと昇華させる。
これからの占い師の付加価値は、単に当てることではなく、AIでは決して到達できない「他者との接触による、魂の着火」にあると私は信じています。
AIが普及すればするほど、人々は「体温のある言葉」を、より渇望するようになるはずです。
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